コラム

本格化する起業家の時代


湯川 抗

富士通総研 経済研究所
主任研究員

研究者

2013/06/26 14:18



クラウドコンピューティングの活用による起業コストの低下

アメリカの著名ベンチャーキャピタリストであるMark Susterは、2011年10月に開催されたVCJ Venture Alpha Conferenceの“The State of the Venture Capital Markets”と題した基調講演において、起業するためのコストが2011年には2000年当時の1000分の1になったと述べている。1000分の1は、大げさだと思われるが、インターネットビジネスに関する限り、この数年で起業コストは激減していると考えていいだろう。

クラウドコンピューティング環境の普及は、従来と比べ圧倒的に低コストで起業することを可能にした。例えばGoogleやAmazonなどが提供するクラウドサービスを利用すると、開発コストは劇的に低下する。更に、携帯端末向けのアプリケーションを提供するビジネスでは、流通コストはほとんど必要ない。ソーシャルメディアを活用すれば、マーケティングコストをゼロにすることも可能だろう。

以前であればソフトウエアを開発して収益を上げるために必要であった、巨額の開発費や販売、マーケティングに関わるコストは限りなく低下しているといえるだろう。こうしたことを考えれば、Susterの抱いた感覚は理解できる。

実際に、こうした起業コストの低下から、新たな投資家も生まれている。起業家が会社を設立する以前の段階から製品開発やビジネス開発の支援を行うStartup Acceleratorや、成長ステージの早いベンチャーに対し、VCよりもはるかに小額投資を行うSuper Angelと呼ばれる投資家が生まれ、近年その存在感を増している。

ジャパンベンチャーリサーチの調査によれば、国内のVCファンドにおいても、2011 年には小規模ファンドが例年よりも多く創設され、小規模ファンドの比率が高まると共に、ファンド当たりの平均規模はここ数年低下傾向にある。



成功事例としてのDropbox

Dropboxは、これまで述べてきた企業環境の変化によって急成長したベンチャーの代表的例といえる。創業者のDrew Houstonは2007年、代表的Startup AcceleratorであるY Combinatorのプログラムに参加して、$20,000程度の出資を受けた後、2008年9月にサービスを開始した。現在では、全世界で1億人以上のユーザーを獲得している。

Dropboxのバックエンドは自社のものではなく、Amazon Web Service(AWS)の提供するクラウドサービスである。非常に短期間に多くのユーザーを獲得しているが、大規模なマーケティングを行ったわけではない。ユーザーが友人を誘うと使用容量が増加するというキャンペーンをこれもソーシャルメディアを使って行っただけである。ビジネスモデルは、いわゆるフリーミアムであり、4%程度の有料ユーザーが残り96%の無料ユーザーを支える仕組みとなっている。未公開企業であるため正確な売上げは不明だが、2011年には売上1億ドルを達成したといわれており、企業の評価額は20億ドル程度とされる。



成長スピードの変化

低コストで起業が可能になっただけではなく、クラウドコンピューティング、スマートフォンやタブレットの普及といった環境変化は、ベンチャーの成長スピードにも変化を与えている。

2004年にサービスを開始したFacebookは100万ユーザーを獲得するまでに10ヶ月を要した。一方、2011年にサービスを開始したLINEは、3ヶ月で100万ダウンロードを達成している。LINEは、今やGoogle と並ぶインターネット企業であるFacebookの3倍以上のスピードで普及したということになる。当然ダウンロード数とユーザー数とは一概に比較できないが、サービスを開始してから普及させるまでのスピードはこの数年で急速に短くなっている。これは、ベンチャーであっても、短期間に潜在顧客を獲得できる可能性があることを示す。



ベンチャーとの協業を模索し始めた大企業

6月12日に「新事業創出支援シンポジウム & Connect!」というシンポジウムが開催された。これは、大企業の事業開発担当者とベンチャーの経営者、ベンチャーキャピタリストの交流会として始まったコミュニティである「Connect!」が経済産業省と共催したイベントであるが、当日は1000名を超える参加者を集めた。そして、参加者の中で、最も多かったのは大企業からの参加者である。

ベンチャーは大企業との関係を構築できないと急成長できないことが多いが、こうしたことは、わが国大企業も遅ればせながら、ベンチャーとの協業によるオープンイノベーションを模索し始めたことの表れとも捉えられる。また、この数年わが国大手ICT企業は、停滞を続けているが、これは社内のR&Dだけに固執するイノベーション創出の方法論が完全に行き詰りつつあることの証左といえるのではないか。今後は、国内外のベンチャーとの関係を構築するための行動が加速する可能性が高いと考える。



おわりに

これまでみてきたように、近年の環境変化により、起業のコストは低下し、成長スピードが増すと共に、パートナーとしての大企業も、ベンチャーに対する見方を変えつつある。インターネットビジネスに関しては、今以上に起業家に有利な時期はなかっただろう。

もちろん、起業が容易になったことは、起業して成功することが容易になったことを意味しない。先のDropboxのケースにしても、数多くあった個人向けストレージを提供する企業の中で成功を収めることができたのは、卓越した技術力があったためであろう。起業家は、この違いを十分に理解する必要がある。しかし、起業を妨げる要因は以前と比較して少なくなっており、新たな起業家たちによる協働と競争が、わが国ICT産業を復活させる素地が整い始めている。

わが国インターネット企業の老舗、株式会社メンバーズの創業者であり、先に述べたconnect!を主催する剣持忠氏に、コラムを引き継ぎたい。


湯川 抗

富士通総研 経済研究所
主任研究員


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