コラム

成長マーケットとしてのIPO市場の魅力とベンチャー起業家への期待


鈴木 智博

有限責任あずさ監査法人
企業成長支援本部 IPOサポート室長

サポーター

2015/08/05 14:00



あずさ監査法人の鈴木です。弁護士法人クレア法律事務所の菅沼さんからバトンをいただきました。まずは、このようにコラムを投稿させていただく機会をいただきましたことを御礼申し上げます。

私は、2009年6月からあずさ監査法人に所属していますが、前職となるジャスダック証券取引所での経験を踏まえ、IPOサポート業務に特化した立ち位置で活動させていただいています。余談となりますが、2013年に日経BP社から刊行されたシグナル&ノイズ(ネイトシルバー[著] 西内啓[解説] 川添節子[訳])の中で、重要な価値のある情報(シグナル)と無数にある雑音としての情報(ノイズ)のことが書かれていますが、IPO準備を進めていただく上で、同じようにノイズの中から、シグナルを見つけることが重要です。

本コラムでは、IPOマーケットのあゆみや上場制度の特徴などに加えて、今後日本のIPOマーケットが成長していくための課題についてもお伝えすることで、これからIPOを目指す起業家の方のご参考(シグナル)となれば幸いです。また、現時点では、IPOにご興味がない起業家の方々にも、よろしければ最後までお付き合いいただきたいと思います。

 

■IPO市場のあゆみ(規制強化と規制緩和の繰り返し)

IPOという言葉が一般的になったのは2000年前後の“ITバブル”の頃からではないかと思います。一般的には、企業は新規上場するタイミングで、新株を発行して資金調達(公募増資)することから“イニシャル(初めての)・パブリック(公に対して)・オファリング(資金調達)”の略で“IPO”と言われています。とはいえ、必要な資金を上場企業が市場から調達する時価発行増資が主流となったのは1980年代のことで、わずか約30年前のことです。これにより、企業にとって株式市場を効率的に活用することのきっかけとなりました。そしてまた、時価発行増資の在り方や引受証券会社の役割が問われるようになりました。今では、IPO業務を担当する主幹事証券には、部署名の呼び名は違っても、企業部(IPOを目指す企業の発掘)や公開引受部(助言等)、引受審査部(上場申請書類の確認等)が連携して、IPO支援業務を行っているわけですが、前述の1980年代当時、IPOに特化した組織をもって、IPOの営業活動していた証券会社はわずかだったと聞いています。その後、各証券会社でIPO支援の動きは強まり、1980年代以降、多くの起業家が店頭登録(現在の東証ジャスダック市場)することとなりました。他方で、今日までの約30年の間には、IPOに関する自主ルールの規制強化と規制緩和が繰り返されてきました。上場を目指す起業家の方々の中には、この上場規制の変化によって上場を断念せざるを得なくなった方も多くいらっしゃるのではないかと思います。

前段が長くなりましたが、ここからは、具体的に“規制強化”と “規制緩和”の事象について、紙面の関係もあり、代表的なものをご紹介したいと思います。 (※表参照)

 

まず、2014年10月にリクルートホールディングスが東証一部に上場を果たしましたが、1989年には、“政・財・界”を巻き込んだリクルートコスモス事件が記憶に残っています。上場直前の株式の移動による短期利得が問題視された事件でしたが、これを受けて、東証は「上場前の公募または売出し等の規制に関する規則」、「第三者割当等により発行された株の譲渡等の規制に関する規則」を制定し、以下のとおり、いわゆる「公開前規制」が制度化されました。

 ⅰ)公募・売出しについて、公開株の一部を一般入札し、その結果(価格)を受けて公募を実施

 ⅱ)上場前の株式移動及び第三者割当等の規制及び規定の明確化

 ⅲ)上場会社の第三者割当増資について割当先に2年間の継続所有、預託、譲渡の開示義務

尚、1999年以降、上場前規制は段階的には緩和されましたが、現在も継続されています。

 

また、1991年12月には、1990年代に入ってからの不動産バブル崩壊による株式の低迷と新規公開会社の増加を背景とした上場初値の公募価格割れが頻発したことを受けて、同年12月13日に名証二部に上場した日精樹脂工業の新規上場を最後にIPOが全面停止された時期がありました。その後、翌1992年5月に、伊藤園が店頭登録を果たすものの、新規上場の社数制限(~1994年:2~3社程度/週、1994~1995年:3~5社/週)が継続されました。この期間に上場を目指していた会社のなかには上場を断念した会社の多数あったと聞いています。

 

他方で、規制緩和の代表的なものとしては、1995年4月、 大蔵省(当時)が前述の公開社数の制限を撤廃(従前週3~5社)するとともに、同年6月21日には、大蔵省証券局(日高壮平局長)が日本証券業協会に対して、「店頭登録企業の利益水準について」を通知したことで、それまで株式の店頭登録には、3億円以上の利益を要すると言われてきましたが、その利益水準について、「実質基準」がない旨を確認する内容を示しました。さらに、同年7月19日、日本証券業協会(土井定包会長)が、以下の内容を中心とした「登録審査について」を各会員(証券会社)に対して通達しました。

 ①増益基調について:日本証券業協会(店頭登録審査)としては要求していない。

 ②牽制組織等企業体制の整備について:実質的に牽制が働く組織体制で足りる。

 ③会計処理方法について:企業会計原則に認められれば、特定の方法を要求していない。

様々な規制緩和に加えて、これまでの新規上場の社数制限の撤廃による効果も加わり、中堅・ベンチャー企業の経営者のIPOに対するセンチメントが好転し、その後の新興市場ブーム(ITバブル)へつながっていきました。

 

 しかし、2001年9月に米国で起きた世界同時多発テロ以降、2001年10月のエンロン(米国の巨大エネルギー会社)の巨額の不正取引と粉飾決算、2002年6月のワールドコム(米国の長距離電話第二位)の粉飾決算による経営破綻をきっかけとして、米国で企業改革法(SOX法)が成立。また、日本でも、ITバブル期に上場したベンチャー企業の相次ぐ会計不正や経営破綻を受けて、2004年3月に、東京証券取引所は、「上場会社のコーポレート・ガバナンスの充実に向けて」を公表するも、同年5月には、金融庁が東京証券取引所に対して、上場審査および上場管理業務体制の是正を求める業務改善命令を発する異例の事態に至りました。さらに、同年10月に、西武鉄道による株主に関する虚偽記載が発覚したことなどを受けて、金融庁は、「ディスクロージャー制度の信頼性確保に向けた対応について」の公表し、加えて、2005年6月にカネボウの経営破綻した問題では、翌年5月に当時の監査法人が処分され、同年6月にいわゆるJ-SOXが可決・成立しました。そしてさらに、新規上場に関しては、四半期決算の導入、子会社上場への規制強化、反社会的勢力排除の指針が公表され、各種業法の改正や労働関連法制へのコンプライアンス遵守が唱えられると、主幹事証券会社の引受審査の厳格化が強まり、IPOマーケットは、2009年にはわずか19社しか上場しない事態にまで冷え込むこととなりました。

 

 その後、2010年秋以降、金融市場活性化のアクションプランが公表され、翌2011年3月に、東証は、マザーズ市場の市場コンセプトの変更と上場制度の緩和による抜本的改革を行いました。その後、第二次安倍政権による経済政策、日本銀行(黒田東彦総裁)による異次元の緩和を背景とした株価上昇を受けて、少しずつIPO社数も回復しています。

 

 これまでのIPO市場のあゆみを見てきたなかでも、IPOマーケットは上場会社(※どちらかというとベンチャーではなく大企業)による会計不正等の不祥事によって上場規制が強化されたり、成長戦略が唱えられると上場規制が緩和されたり、その都度、不安定な歴史を刻んできたことが分かります。

 

21世紀の日本はさまざまな課題を抱えていますが、中堅ベンチャー企業にとっても事業のクロスボーダー化が避けられないなか、企業の知名度向上に直結するIPOマーケットの役割は益々増加するものと思われます。


鈴木 智博

有限責任あずさ監査法人
企業成長支援本部 IPOサポート室長

1991年に丸三証券に入社、法人部門にて、株式上場を目指すベンチャー支援を手掛け、 2001年ジャスダック証券取引所(現、日本取引所グループ東京証券取引所)の前身である株式会社ジャスダックに入社し、IPOサポート部門長として未公開会社の株式公開支援に携わり、数多くの新規上場の支援、その後、2009年あずさ監査法人に入社し、現在、IPOサポート室長に就任。

(執筆関連)
・「株式上場の実務ガイド Q&A」 (中央経済社) 共著
・「IPOと戦略的法務 ~会計士の視点もふまえて~ 」 (商事法務)共著


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