コラム

ピーター・ティールの思想と行動


海老名 祐

大和ハウス工業株式会社
経営企画部 新規事業開発グループ 上席主任

CVC、事業会社

2014/12/03 14:00



プラス伊藤羊一さんからバトンを引き継ぎました大和ハウス工業の海老名です。

私は、スタートアップへの投資も絡めた新規事業開発を担当しております。

私には、これまでのこのリレーコラムの諸先輩方のようにシリコンバレー等での実体験は無いため、そうした内容をここでお伝えすることはできません。

ですので、今回は、私が以前よりその言説に注目してきたある人物について書きたいと思います。

 

サイバーリバタリアニズムと「未来の終わり」

2014年のスタートアップ界隈において最も話題となった本は、ピーター・ティールの著『ゼロ・トゥ・ワン』ではないでしょうか。

この本は、ペイパル・マフィアの首領と称されるピーター・ティールが、スタンフォード大で行った特別講義をもとに構成されております。

ただし、ここでは本書の内容についてこれ以上触れることはいたしません。

何故なら、この著作については、すでにいくつもの素晴らしい書評が発表されているからです。

 

 スタートアップ“最高の教師”が送る「起業の教科書」 NewsPicks, 2014/9/26

 https://newspicks.com/news/633102/?more=true

 

 『ゼロ・トゥ・ワン』

 この面白さを、スタートアップ界隈に独占させるわけにはいかない HONZ, 2014/9/30

 http://honz.jp/articles/-/40803

 

 【書評】『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』 オルタナティブ・ブログ, シロクマ日報, 2014/09/20

 http://blogs.itmedia.co.jp/akihito/2014/09/post-aaf5.html

 

この本の魅力は以上に譲るとして、本稿ではその著者であるピーター・ティールの哲学について考えてみたいと思います。

彼は、様々なところで指摘されていますが、所謂リバタリアンです。

リバタリアンとは、自由至上主義者ともよばれますが、私的主有権と自由市場を徹底的に擁護する思想をもつ人々のことを指します。

ちなみに、wikipediaで「リバタリアニズム」は、以下のように解説されています。

 

“ リバタリアニズム(英: libertarianism)は、個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する、自由主義上の政治思想。リバタリアニズムは、他者の権利を侵害しない限り各人は自由であり、政府が干渉すべきでなく、最大限尊重すべきであるとする。日本語においてもそのまま「リバタリアニズム」と表現される場合が多いが、本来の思想から語意が変遷している「リベラリズム」と区別する意味で、単に「自由主義」と訳されることはあまりなく、完全自由主義、自由至上主義、自由意志主義など多数の訳語が存在する。また、リバタリアニズムを主張する者をリバタリアンと呼ぶ。”

(wikipedia 「リバタリアニズム」より)

 

近年、米国の選挙において、その投票行動が無視でき無い存在になりつつある「ティーパーティー」は、このリバタリアンの代表的な存在ですが、彼自身はどちらかというと、こうした「草の根保守」というよりは、ハッカー文化を源流とした「サイバーリバタリアニズム」に近いものと思われます。

 

この「サイバーリバタリアニズム」とは、元インテル社のティモシー・メイらを中心として形成されたイデオロギーで、情報空間を未開の地ととらえ、自らをそのフロンティアにおける入植者とすることで、その精神性を米国建国期の開拓者と重ね合わせて根拠づけるというものです。

そして、彼らの思想的特徴はその二面性にあると言えます。

つまり、彼らは情報技術を新たな富の源泉として規制なき利用を求める開放性を有する一方で、その技術の活用については高度な知識を求めるというエリート主義的閉鎖性も合わせもっているのです。

 

こうした考え方と親和的なティールも、彼らと同様に、国家による介入にはとても批判的です。

彼は、政府による規制や助成金といったパターナリズムにより、米国の技術進歩が歪められ、抑制されていると言います。

そして、米国において情報通信産業が急激な成長を遂げたのは、当該セクターに関係する規制が緩やかであったからだと考えます。

しかし、彼の議論が独特なのは、こうした情報通信産業について、必ずしも肯定的な評価を下してはいない点です。

 

“ いまテクノロジーの未来といえば、コンピュータが体現するようになった観があるが、それはいわば消去法によるものなのだ。ほかの分野での技術革新が失速したからこそ、情報技術の発展の速度が劇的なものに思えてしまうのである。「ムーアの法則」が今日でもだいたい当を得ていることには、1965年にこの「法則」を唱えたゴードン・ムーア本人も驚いているにちがいない。とはいえコンピュータの発展が、本当に新たな経済価値を生み出すのか、それとも単に既存の構造をシャッフルするだけにとどまるのかはいまだに不明である。

(Peter Thiel, The End of the Future要約

 

こうした現状認識を現したのが、かの有名なティール率いるファウンダーズ・ファンドのマニフェスト「ほしかったのは空飛ぶ自動車だったのに、手に入れたのは140文字だった(We wanted flying cars, instead we got 140 characters.)です。

つまり、彼にとっては、ソーシャルメディアすら、さほどの雇用をうまない、経済全体には無意味な代物に過ぎません。

そして、彼には、今日の米国は、真のイノベーションを起こせなくなった頽落した存在なのです。

 

テック・スローダウン

彼はこうした事態を「テック・スローダウン」とよびます。

では、ティールは、こうした現象に対して如何に対処していくべきだと考えているのでしょうか。

彼は、結局のところ、この「テック・スローダウン」に対する処方箋は、強力な個人の登場にかかっていると言います。

彼は以下のように述べます。

 

“ 世界の運命は、資本主義の安全を守るための自由の装置をつくり上げるひとりの人物の努力にかかっている”

「不機嫌な「天使」、かく語りき」 『WIRED VOL.3

 

こうした発想は、前述の「サイバーリバタリアニズム」におけるエリート主義を突き詰めたものであると言えるでしょう。

つまり、ティールは、卓越した個人の力こそが停滞した社会状況を克服する唯一の原動力なのだと考えているのです。

また、彼はこうも述べています。

 

“ システムを変えるために時間をかけるのではなく、システムの外に新しいシステムを創るべきだ”

「今は、テクノロジー的にも知的にも停滞した時代だ」)

 

この発言において明らかなように、もはやティールはサイバー空間すらも取り込んでしまった既存のシステムではなく、その外にフロンティアを求めています。

その実践こそが、彼のこれまでの宇宙探索やリバース・エイジング(若返り技術)、そして海上浮遊都市構想への投資であり、それらは全て「テック・スローダウン」への対抗策なのでしょう。

しかし、ここにおいても「サイバーリバタリアニズム」が内包していた二面性は維持されたままです。

つまり、技術によって創出された新たな可能世界によって人間は自由を獲得するかもしれませんが、他方でそうした技術へのアクセス権は万人には開かれてはいないのです。もっともティール自身はこの問題には自覚的で、それでも政府が行うよりはましであろうと述べています。

 

おわりに

さて、ここまで『ゼロ・トゥ・ワン』の著者であるピーター・ティールの哲学について見て参りました。

実は私自身は、必ずしも、彼のようなリバタリアニズムに無批判で共感するものではありません。

しかし、ある普遍的思考によって描かれた社会のグランドデザインが、先端技術によって経済を駆動していこうとする活動と接続していく、こうした米国のダイナミズムには、只々尊敬の念を抱くばかりです。

そして、一人のSFファンとしても、ピーター・ティールと彼が見出した人物によって、いつシンギュラリティが達成されるかを待ち望まずにはいられません。

 

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