コラム

エスタブリッシュメントにとって、起業はローリスク


松居 健太

株式会社チケットスター
代表取締役

アントレプレナー

2014/03/19 14:00



フィデス会計社の内田様よりバトンをいただきました、(株)チケットスターの松居と申します。内田様には当社の創業当時より大変お世話になりました。その当時から約3年強、月日の経つのは非常に速いものです。

私は、マッキンゼーという戦略系コンサルティング会社にてコンサルタントを経た後、現在の会社を起業し、今に至ります。

起業したのは、スポーツや音楽などの興行チケットビジネスの会社。当初は、欧米では既に主流となっているチケット二次販売市場を国内での本格サービス化を目指していましたが、資金調達の際に、当時、業界第8位程度と振るわず10年近く赤字であった楽天グループのチケット事業(「楽天チケット」)の事業譲渡も受けることとなり、新しい事業の創出と既存ビジネスの建て直しという二つを同時に進めるような、自分でも全く想定外の一風変わった船出となりました。

スタートしてから約3年強、幸運にも、会社全体としても黒字化を果たし、新しいサービスの端緒のいくつかも開くことができつつあります。

さて、歴々の皆様の中にて、私が語れる話などあまりなく、また、いわゆるピュアなスタートアップとは少し毛色も異なりますが、起業を志す際のTipsについて筆をとらせていただきます。これまでの私の経験が起業をお考えの方に少しでもご参考になれば幸いです。



1. 起業に伴うリスクとは何か

起業・資金調達と同時に、既存ビジネスのターンアラウンドも同時に進めることになる、という経緯からもお察しいただけるかもしれませんが、私の起業に至る動機に、「こういうビジネスをやりたい」「何が何でも起業をしたい」という強い熱情があったわけではありません。

私が、起業した大きな理由の一つは、「起業の方が他のオプションよりリスクが小さかったから」です。

前職のコンサルティングという仕事は、仕事自体非常に面白く、好きでしたし、今考えてみても、私自身に非常に合っていた職業だと思います。ただ、あまりにも居心地が良すぎました。

楽しく快適に仕事を続けられることは非常に恵まれたことだと思いますが、これは閉塞感やマンネリ感と表裏一体。今と同じことをやり続けていれば大丈夫だとか、120%の力を発揮しなくてもなんとか回せてしまうなと思えてしまうこと、ヒリヒリとした感覚がないまま毎日を過ごしてしまうことは非常に勿体無く、コンフォート・ゾーンに留まり続けること自体が、自分のキャリア、有限な人生における大きなリスクです。

常に、ヒリヒリしているか、ゾクゾクしているか。これがプロフェッショナルとして、仕事人として、最も大事にするべき感覚ではないか。そう感じた瞬間、次に何をやるかを決めないまま、まず前職をまず辞めることだけを先に決め、気が付いたら起業していた次第。(正直、快適で面白かった前職よりも魅力的な転職先を探すのは難しかったですし、ゾクゾクしたいという私の欲求に答えてくれそうなところは皆無でした)

よっぽどの大きな初期投資が必要なタイプでない限りは、起業に際して、失うものは何もないと思います(収入が一時的に減ってしまうことさえ、ある程度以下にはならないような工夫も可能です)。特に、エスタブリッシュなキャリアを作ってきた方であれば尚更。いざとなったら転職や出戻りもそこまで難しくないと思いますし、飛び出して自分でやってみるという経験は人材マーケット市場でも高く評価されやすく、ひとつのキャリア・アップ。自分の力を120%試し、成長をし続けられる起業の方が、リスクが小さいのです。



2. 大きな可能性のある市場に立つ

立ち上がることを決めたのであれば、次に何をやるかが問題です。

世の中に新しい世界観や価値を提供し、そして、きちんと利益が出るビジネスを作っていきたいとは誰しもが思うところでしょうが、多くの方が、「このアイデアで本当にいいのだろうか」「やりたいテーマはあるけれど、具体像が定まらない」といったステップで悩み、躓いてしまうがゆえに、思い切って飛び出ることができないように感じます。(明確に「やりたい」ことがある場合は、それを突き詰めればよいのですが、起業を志す方にはそうでないケースも多いかと思います)

そんな場合、個人的には、「何をやるか」で煮詰まる前に、「どこでやるか」という視点で検討してみるのがよいのではないかと思っています。

たとえば、私がビジネスの所在としているチケット市場は、国内全体1兆円以上の規模あり、そして現在でも成長を続ける市場です。ここ数年で爆発的に伸び、多くのスタートアップが生まれているソーシャルゲーム市場であっても、国内市場規模はまだ約6,000億円と言われていますので、それと比べてもチケット業界はかなりの巨大産業です。そして、チケットぴあ等の圧倒的三強が市場を寡占しているように思えますが、この三社が市場全体に占めるシェアはせいぜい25~30%です。ビジネスの戦略次第では今からでも十分に戦える可能性があり、1%でも食い込めれば、100億規模の売上が期待できる市場の規模感と競合環境です。

市場の魅力度がどうであれ、実際にどのようにビジネスを展開できるか、そして成功できるかはまた別の話で、当然たくさんの困難や障壁がありますが、これはどんなビジネスであっても同じ。問題は、苦労してなんとかビジネスを成立させ、成功が見えてきたとしても、戦う市場の見極めを当初から見誤っていれは、得られる果実の大きさもたかが知れてしまうことです。

正直、最初に考えていたビジネスモデルは、ころころと変わりますし、「何をやるか」に固執したり考えあぐねる前に、「どこでやるか」という視点でチェックをし、可能性がありそうであれば、とりあえずそこの市場に狙いを定めてみる、というのは悪くないのではないでしょうか。

「やりたいこと」先行の発想は熱情のある他の起業家に任せて、「どこでやるか」志向で考えてみることをお勧めします。



3. 自分が勝てると思えるビジネスを選ぶ

私自身がチケットビジネスでいこうと決めた理由にはもうひとつ、「ここであれば勝てるかもしれない」という手触りがあったからです。

私は1980年生まれですので、ちょうど大学生のときにITバブル真っ只中。当時のITベンチャーに誘われ、半分社員のような形で立ち上げのお手伝いをしたような時期もありましたが、結局そこでは起業もせず、大学院へと進み、そしてコンサルティング会社に入ります。そして、時代は更に進み、自分より下にはいわゆるITネイティブ、スマートフォンネイティブ世代の優秀な面々も多く出てきた中、たとえば、アド・テクのような領域で、この連中とITの世界のど真ん中で真っ向勝負しても勝てる見込みは少ないわけです。

さて、どうするかといったときに、私が唯一勝れるかもしれないと思ったものは、私がコンサルタントとして経験を積んできた、ビジネス戦略の立案からオペレーション構築・実行までの一揃いの経験でした。

実は、チケットビジネスは、いまだに紙とFAX、電話などのやり取りがビジネス・オペレーションのど真ん中に据わっている古い体質のビジネスです。システムとオペレーションコストが大きな固定費。ここをいかに理解し、リーンなオペレーションを設計・構築できるか、この領域での付加価値をいかに創出できるかがビジネスの鍵となります。

ときには現場で泥臭い汗もかきながら実行もしてきた経験を活かせば、ぽっと出であっても、他の人にはない価値を出すことができるかもしれない、と、半ばこじつけの後付けですが、そんな手触りのある言い訳をつくることができたというのは大きなことでした。

ということで、今でも私は、チケット販売窓口に入って端末を触ってチケットの対面販売もしますし、システムへの登録作業を行ったりもします。そのような現場の理解がある、いざとなったら自分でもそれをできるというのが、経営者としての自分の忘れてはならない立ち位置であると考えています。何よりも、上から下まで自分でもできる、というのはベンチャー経営の楽しみの一つです。



4. 実行、実行、実行

要約すると、思い切って飛び出すことにリスクはなく(むしろ小さく)、市場の規模感を見誤らず、自分の強みを少なからず活かせそうな領域であれば、何をやるかというアイデアにはそんなに拘る必要もないので、まずはスタートしてみてはいかがでしょう、というのが私の意見なのですが、始めることよりずっと大変なのは、その先のエグゼキューション、実行の部分です。

はじめると、思ってもみないところに落とし穴があり、思惑通りにビジネスが転がらず、あっちの火を消したらこっちで火が噴く、といったことばかり。日々、鍛錬です。

結局、未来は誰にも分かりませんし、何が正しいかは決断をするときには分かりようがありません。いくつかのオプションを出し、その中から確度の高いと思えることを選び、それをやると決めたら、あとは実行あるのみです。

自分の決めたことが正しい未来になるように、真摯に経営し、事業に取り組み、走りながら考え、サボらず実行していく、きっとこれがベンチャー・スピリットなのではないでしょうか。そして、これが多くの場合でもっとも難しく、そして成功の鍵であると思います。



自分の文章を読みながら、ついついサボりたくなる自らを激しく内省しつつ、本拙文が皆様のご参考に少しでもなることを祈念しております。

 

●関連リンク 株式会社チケットスター


松居 健太

株式会社チケットスター
代表取締役

東京大学在学中より、(株)リアルコム(東証マザーズ上場)立上げや、大規模国際NPOなどの経営に携わった後、同大学工学系大学院を経て、マッキンゼーに入社。マネージャーとして、主に小売・流通業界の事業・組織改革や戦略立案、マーケティングなどのコンサルティングに従事にした後、2010年秋、(株)チケットスターを創業。2011年春に楽天グループより約2.5億円の資金調達を完了し、現在、興行チケットのオンライン販売サービス(自社運営)や、プロスポーツクラブや大手音楽ライブ/コンサート主催者向けの興行チケット販売・管理システムの開発・提供、新規チケット関連サービスを企画・運営中


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